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バカな所と下手な所は絶対負けないモデラー侮ログ


by tyouzatu_koujitan

2012年 04月 13日 ( 1 )

跳ねよれ!晋吾さん!!









ってか、今日はやっぱコレしかないだろ・ってか昼間見てて、ぜってーカトちゃんリスぺしてんだろ的な
思いで見てた。ってか、交差する道路で車と激突しなかったのが一番の不思議ポイント。

ってか、最近の流行なのか流行らせようとしているのか、やたら【心肺停止】使うのやめれ。
おそらくジャイケルの事件の頃からだと思うが、心肺停止して生き返ったのは松村しかいないからだ。

っつうか、最後の自爆の所を見て、こりゃ真実はヤミーDANAとか思ったんだが、思わぬ展開に。
何と真吾ちゃんは癲癇餅だったという話が… でも出来すぎちゃいねぇか?っつうか、Vの中でも
クラクションを鳴らして~云々の下りがある事からしても、意識はあったと思う。あった上での犯行。
ま、どっちにしても死んだ人は浮かばれないんだが、慎吾ちゃんが死んでよかったと思うよ。

生きていたら、また数年後に復活して人を殺してただろうし、結局・キチガイ無罪だったろうし。

実は栃木かなんかで癲癇が園児ブッ殺した後で、ニュースにはならないが別の所でも癲癇野郎が
誰か轢き殺してんだよな。ってか、そうなるように【魔】が仕組んでいる訳で(当然免許を許可した
人間にも手が加えられているのだが)その3発目・っつう事なんだろうけど、カトちゃん崇拝者という
線も拭いきれないのもまた事実。今回は癲癇とキチガイの合わせ技で来たか… でもやりきれんな。

そう、こういう【不良品】は世に出してはイカンのよ。流石癒しのヒトラーおじさんはやる事が違う。
ナチの絶滅裝置が殺人の「試運転」を行ったのが、いわゆるT4作戦であった。
この名は、作戦の拠点がティーアガルテン通り四番地の屋敷にあったことから、その頭文字をとって
こう呼ばれた。T4作戦の目的は、数千人の心身障害者を殺害することにあった。つまり、ヒトラーは一九三九年十月末、「総統祕密布告」(ただし日付は九月一日)を発し、「特命を受けた医師の権限を
拡大し、診断の結果もはや治る見込がなく、その病状が重篤と判断された者には尊厳死を施す」
ことを認めたのである。もちろん、実際に行われたことは「尊厳死」などといえるものではなかった。
すでに十月九日には、その夏に設立されたばかりの「帝国治療・療養施設研究チーム」が、病院や
療養所の医師たちに安樂死に関する申告書類を送り始め、医師は記入を義務付けられた。そして、
返送された書類は鑑定官が手分けして目を通し、余計は一切書かずに、ただ「はい」「いいえ」
あるいは「不明」と記入した。「はい」は、ガスによる死を意味した。その場合、まず当該患者を
施設に連行する準備命令がだされる。車内にカーテンをひいたバスが来て、そこから六ヵ所
(ハーダマー、グラーフェネック、ベルンブルグ、ブランデンブルグ、リンツ近郊のハルトハイム、
ピルナ郊外のゾネンシュタイン)の殺人施設に送られた。そこのガス室はシャワー室であると偽られていた。
施設の職員たちは兵舍に住み、特別手当を支給され、酒類を十分にあてがわれた。施設には付属の
「弔文局」があって、犠牲者の身内に偽りの弔電を送っていた。
のべ八万から十万の病人や心身障害者がこの殺人作戦の犠牲となった。ヒトラーは一九四一年八月
二十四日、突然T4作戦の中止命令を下した。だが、その動機ははっきりしていない。


ってか、あうあうや癲癇とかを野放しにしておくと事件は起きるし、イイ事は何も無い。
野良猫や野良犬の殺処分は可哀想だと思うが、こういう不良品は何かあった場合・被害者は結局、
泣き寝入りをしなければならない。そういう悲劇を繰り返さない為にも、癒しのヒトラーおじさんを
見習って・日本での【T4作戦】の復活を望む所であります。最近の孤独死もあうあう絡みが多いし。

結局、親が死んでしまうと、あうあうも死んでしまうのだから一生面見るのは不可能だからだ。

いくつかの説があるようですが、結論からいいますと、秘密裏に行ってきたT4作戦
(優性思想の強制的実践)が教会側にバレてしまったからです。
一部の高位聖職者から非難の声がわきあがると、A.ヒトラー総統(以下、総統と記します。)は
表向き「安楽死中止」の命令を出しました。

しかし、この命令で実際中止されたのは精神障害者のガス殺人だけであり、前述した薬物による
「淘汰」はむしろこの中止命令のあとからいっそう本格化した。また1940年1月から始められた
ドイツ国内の精神病院ガス室での抹殺による犠牲者の数は、この時点で総計70273名に達していました。

一方、総統の中止命令が下された時期は同時にヨーロッパ全土での「ユダヤ人問題の最終解決」が
帝国保安本部長官ラインハルト・ハイドリッヒに対して下命された時点とほぼ一致しています。
このことはT4作戦の形式上の中止が、実際にはユダヤ人絶滅作戦への方向転換であった可能性が
考えられます。事実T4組織にはその後新たな任務が与えられます。それは「ポーランドにおける
ユダヤ人絶滅作戦」後の暗号名「ラインハルト作戦」です。

T4作戦の関係者はそれぞれポーランドで責任者に抜擢されベルツェック、ゾビボール、トレブリンカの
3つの絶滅収容所は元T4職員の手で建設され、運営されていた。殺害方法もそれまでのT4作戦の
手法が、ほぼそのままの形で踏襲されました。
1943年10月に終了したラインハルト作戦の犠牲者は、みなさんもご存じのように
少なく見積もっても170万人にのぼると推測されています。

【ナチス政権とバチカンの関係】
年を溯ること8年前の1933年7月20日、ナチスとバチカンの間に歴史的な「政教条約
(コンコルダート)」が結ばれました。これにより、ナチスは国内のカトリック教徒を弾圧しない
ことを保証し、カトリック教会側は、聖職者と宗教を政治と分離することに同意。そしてバチカンは、
ナチス政権をドイツのために祝福するとともに、聖職者たちにナチス政権に忠誠を誓うことを命じたのです。
お互いに教会側とナチス政権は利用しあっていたのでした。この関係はナチスドイツ崩壊後も
続きます。バチカンは密かにナチス戦犯のアメリカ、南米逃亡の手助けをしていたのです。


【カトリック教会の考え】
そもそもキリスト教は優生思想とは相容れない性格を持っていました。
「人間は神によって創造され神に似せてかたち造られたものである以上、人間として生まれたからには
人間が立ち入る事のできない絶対的な尊厳がある。障害をもっている事は神の業のあらわれであって
人間が勝手に価値判断するのは神への冒涜であって許されない。」とするのが聖書の思想です。

・追記・
【優生思想について】
1912年にはロンドンで第一回国際優生学会議が開かれ、米国の各州や北欧各国が、精神障害者
らに不妊処置を施す断種法を制定し、さらに遅くから開始されたナチス・ドイツの断種法はナチスの
いつもの例に漏れず徹底的におこなわれました。これがいわゆる「T4作戦」「ラインハルト作戦」
につながるのです。
このナチスの蛮行を見た各国の優生学は一挙に下火になったが、スウェーデンでは1976年、
日本では1996年まで不妊処置が続けられていました。そして今でも出生前診断において
障害をもつと思われる胎児は処分されているのです。

参考までにお勧めの書籍を紹介いたします。
ナチスドイツと障害者「安楽死」計画 (単行本)


ヤホ質からパクってきた、スマンw

ってか何だかんだ言って、2日分更新すると模型作ってる時間などないw 先日などは高名な方から
「何がやりたいんだ(呆)」的なコメを頂きましたが、私の考えは返コメにも書いておきましたが、
覗きに来る審査員連中やパクりに来る人達から自作品を守るには【出鯉】も必要なのです。それらは全て
未完成で増殖させておく。そして本当に作りたい物の時に侮記事に戦車がないと困るので、そん時用です。



まだ、本チャン用の時期では無いので、【非公開記事】も現在はありませんがw って寝ますw
(ってか、昨日書きたかった記事も短くなってますが掲載しておきました。下も見てね♪)
by tyouzatu_koujitan | 2012-04-13 05:32